どこかのあばら骨

くしゃみがとまらない。花粉の子らがそこいらをはねまわりながら、いつこの人間のあばら骨が折れるかと賭けをしている。くしゃみをひとつ、まだ折れない。くしゃみをふたつ、まだ折れない。あたし、あと四つだとおもうわ。いやいやぼくは八つだとおもうね。くしゅん、くしゅん。げえっ。いきおい余ってのどがつかえ、半分に折ったからだがひしゃげる。椅子からころげて、畳のめに鼻先すりつけ、もういやだ、そっちがそのつもりならこっちだって、せかいでいちばんきたない悪態のひとつでもついてやろうとおおきくひらいたくちがふるえて、せかいでいちばんおおきな、はっくしゅん。ア、やってられない。畳を食む。

いきるのにむいていない。端からわかっていたことだ。いまさらどうともおもわない。どのような場所にも、このようなものはいる。えらのない魚だ。ほんとうだったらりっぱな尾びれがはえるはずだったのに、どうしてか人間の足が二本(二本も!)はえてきて、海にいられなくなって、陸にあがった。えらをなくし、肺呼吸をおぼえたが、これがちっともうまくならない。あたりまえだ。そのようにできていないのだから。それでもすがたかたちばかりはすっかり人間らしくなってしまったから、うまくやるよりほかにない。うまくやろうが、へたをうとうが、実際のところ関係ない。うまいようにみえていればじゅうぶんだ。みんな、それでじゅうぶんだ。私がひとでも、さかなでも、だれも困らない。私の呼吸だけが、困った、困ったとべそをかく。それがさびしくて、かわいそうで、どうにか上手にやろうとする。だらしなく寝転がったままのどくびにあてがった諸手がどうか、えらのかわりだ。

あんましくしゃみをしすぎたせいか、どうにもこうにもあばらが痛い。左の湾曲、下のほうをぐっと押し込んでやるとずくんとする。くしゃみをしたり、咳をしても、唸り声がでる。なんだ、もしかもう折れているんじゃあないか。そうでなくともひびのひとつくらい入ったろうか。そうしたら賭けはだれが勝ったのか。申し出なさい。おとつい安く買ったとちおとめをひとつやろう。

Author: 柾千樫