しごと

継ぎ足し、継ぎ足し、している。穴をあけた襖に紙を貼り、ほつれた畳を覆い隠す。丁寧に、丁寧に、する。それでも日ごと穴はふえていくし、い草はほつれていく。錆びたカッターの刃をぢぎぢぎと出し、腕をもちあげると、ほんとうにくたびれたおもいがする。これをぴたりと膚にあてがい、懸命になんども引いていたいとけないころの努力をだいじにほめてあげたくなる。努力もいまや億劫で、膚にあてがうことすらせず、刃をしまい、ペン立てにもどす。ペン立てには三本、カッターが立っている。どれも錆びて、古びている。継ぎ足し、継ぎ足し、している。発狂せぬように、発狂せぬように、唱え続けていたら、発狂することも上手にできなくなったのかもしれないとおもうと、さびしくなった。おもしろいことを言うとおもう。いちどだって、発狂したことはない。私の背骨はまっすぐであったし、満ち足りていて、じゅうぶんであった。四肢がちぎれそうだった。椅子からころげおち、のたうちまわった。仰け反り、縮こまり、手足をできるだけばらばらにして、こんがらがって、しずかに跳ねまわった。すさまじくりっぱの正気であった。そのような器用も、もうまったく、できないようにおもえる。じっと、椅子のうえで、細胞が虚脱していく感覚を舌先が味わっている。トマトを切っていた包丁をのどくびにあてがう。それはみょうがであったり、キャベツであったりする。刃こぼれしている。こまめに研いでもらえずに、まだいける、まだいける、まだいけると使い続けられた刃は鈍く、どんなに皮ふへ押しつけられても薄皮ひとつ裂いてやれない。ステンレス刃のやわらかなせながあんまり申し訳なさそうな顔をするので、私も申し訳なくなる。おまえもこんなものではなく、おいしいものを切りたいよなあ。すべて動きは緩慢である。忙しなく、ぎょろぎょろとせかいを睨めつけていためも、乾いて、こびりついている。とどのつまり、自意識なのだろう。私がせかいをみているから、せかいもまた、私をみざるをえない。望もうとも、望まざろうとも。激情はない。うらみつらみなど、なにも。恵まれていた。満たされていた。過ちは、はじまりからだ。だれにも罪はない。罰だけが途方に暮れて、佇んでいる。こんなつもりではなかった。だれを苦しめたくもなかった。そうだろうとも。へやを見渡す。なにか、なにか、ないか。計画を立てては、記す。だいすきなおしごとのように、トライアンドエラーすることはむずかしい。はじめから仕上げる必要がある。想像上のトライアンドエラーは得意だ。繰り返す。あの手、この手、どの手も試す。あらをさがすように課題点をさがす。自由回答だ、はじめから。なにもかも。生活をできる。微笑する。ただしそうにふるまい、ただしくなさそうにふるまう。すると、どうか。あなたの、あなたがたの望むものがここにある。それでよいだろう。それでよろしいだろう。だが、申し訳ないことに、穴はふえ、い草はほつれていく。糊が足らない。覆いが足らない。まちがいでよい。いまさらだ。はじめから、まちがいだ。嘘つきだ。うつくしいはこでありたかった。容器も、包み紙も、リボンも、ていねいにえらんだ。なによりも気に入りばかりをあつめてつくった。それを、なんども繕った。だいじに、だいじに、繕いつづけた。いれる中身がなかった。それだけだ。継ぎ足し、継ぎ足し、している。健全だ。まったく健全だ。元気だ。なんにも心配いらない。生活をできる。微笑する。糊が足らない。

Author: 柾千樫